加速器施設

加速器第一・第二研究系

加速器第一、第二研究系では、大強度陽子加速器施設J-PARCの基幹施設である加速器の研究開発を推進しています。J-PARCは、高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構が共同で運営している世界最先端の大強度陽子加速器施設で、陽子を加速するための3つの大型加速器(リニアック、3GeVシンクロトロン:RCS、30GeVメインリングシンクロトロン:MR)と3つの実験施設(物質生命科学実験施設:MLF、ハドロン実験施設:HD、ニュートリノ実験施設:NU)から構成されます。加速器で加速した世界最高クラスの大強度陽子ビームを標的に当てることで、中性子、ミューオン、K中間子、ニュートリノといった様々な二次粒子を生成し、それらを利用して素粒子・原子核物理学、物質・生命科学などの基礎研究から新しい産業の創出につながる応用研究まで非常に幅広い分野で最先端の研究を展開しています。

ビームの強度を高めることは、稀少な現象の観測や測定データの精度向上に大きく貢献します。加速器第一、第二研究系では、主に、リニアックとMRの研究開発を主導しており、大強度の陽子ビームを安定に加速するための要素技術開発やビームダイナミクス研究を推進するとともに、施設の運転と保守を担っています。J-PARC加速器は、MLFおよびNU向けのビーム運転においてビームパワーの所期目標(1MWおよび0.75MW)を達成するとともに、HD向けの遅い取り出し運転でも92kWのビームパワーを達成してビーム強度の世界記録を更新したところですが、今後もそれにとどまらず、前人未到のビーム強度を目指して日々研究開発を続けています。加えて、J-PARC加速器で培ってきた最先端技術を基盤に、世界で初めてとなるミューオン加速器やがん治療(ホウ素中性子捕捉療法)用陽子線形加速器など、最先端加速器の開発研究も推進しています。

加速器第一研究系主幹

加速器第一研究系主幹

教授 發知英明
(連絡先:hideaki.hotchi@j-parc.jp)
加速器第二研究系主幹

加速器第二研究系主幹

教授 佐藤洋一
(連絡先:yoichi.sato@j-parc.jp)

研究グループ

MR電磁石電源グループ

リーダー:加速器第一研究系 准教授 森田裕一
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MR電磁石電源グループ
主電磁石システムは大強度陽子ビームをシンクロトロン内において安定的に周回させる役割をもちます。磁場を生成する電磁石と電磁石に給電する電源により構成されています。陽子加速器の電磁石システムは、ビームの入射、加速、取り出しに同期した励磁パターンを作り出します。約1秒の繰り返し周期による励磁、減磁のためには電磁石に大きな電力が発生します。この点は、ほぼDC電流により励磁する電子加速器の電磁石システムと異なります。大電力を供給するために大電圧且つ大電流の電源が求められます。ビームパワー向上には繰り返し周期を速めることが有効です。このことは、電源の出力電圧と受電電力変動をより増大させてしまいます。この課題を解決するために高耐電圧かつコンデンサバンクを備えた新しい電源を開発しました。この新電源の導入と既存電磁石電源の組み換えによって、2.48秒の繰り返し周期を1.36秒に短縮し、MR所期性能である750kWを超えるビームパワー実現に貢献しました。

MR RFグループ

リーダー:加速器第一研究系 教授 清矢紀世美
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MR RFグループ
J-PARC加速器施設にある3GeVシンクロトロン(RCS)および主リングシンクロトロン(MR)では、大型陽子シンクロトロンとして世界で初めて金属磁性体(Magnetic Alloy: MA)を装荷した高周波(RF)加速空胴を開発・採用し、運転を行っています。MA空胴は、従来用いられてきたフェライト空胴に比べて約2倍の高い加速電圧を発生させることができるため、加速の周長を短縮することが可能です。また、MA空胴は広帯域特性を持ち、加速中の陽子の速度変化に伴う加速周波数の変化に対して、フェライト空胴で必要とされた周波数同調機能を用いずに加速電圧を発生できます。特に、広帯域(Q=2)に調整されたRCSのMA空胴では、加速基本波に加えて2倍高調波を重畳した加速電圧を発生させ、進行方向に平坦なビーム形状を形成することが可能です。このビームの平坦化による空間電荷効果の緩和は、大強度陽子ビームの安定加速に不可欠な要素となっています。リングRFグループは、MA空胴の導入によりRCSで1MW、MRで750kWという設計出力ビームパワーの達成に貢献しており、J-PARCシンクロトロンでの成功を受けてCERNをはじめとする海外加速器施設でもMA空胴の採用が進められています。

MR入射/FXグループ

リーダー:加速器第一研究系 教授 石井恒次
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MR入射/FXグループ
J-PARC MR入出射グループは、RCSからMRへのビーム入射とMRからニュートリノ実験施設へのビーム取り出しに特化した、キッカー電磁石とセプタム電磁石の運転・維持管理・開発を担当しています。ビームの入射・出射に関わるとても重要な電磁石システムを担っており、大強度ビーム出力を達成した後も更なる高度化・安定化を目指し、開発研究を継続する必要があります。現在取り組んでいる開発研究として、電源出力の安定性を向上するための改造、出力電流・電圧の監視による安全システムの開発、キッカー電磁石で必要とするインピーダンス整合用抵抗器の開発、パルス電源に必要な高電圧・大電流仕様の半導体を用いた高速スイッチングデバイスの開発、真空槽内で運用している短パルス励磁のセプタム電磁石を大気中でも使用できる電磁石として新開発、等々を行っています。またこれらの開発研究に必要な、電磁石の発生磁場シミュレーション、ビーム入射・取り出し軌道のシミュレーション、電磁石の磁場測定とそのデータ解析、電磁石電源の制御系の整備、等々も行っています。加速器電磁石システムの研究開発が中心ですが毛色を異にした開発研究も行っており、過去には民間企業と共同研究という形で、トンネル内における位置情報を活用した防災アプリの開発や、加速器システム等の異常に対する予兆・診断に関する研究も行いました。アイデア次第でどんな内容の研究にもチャレンジできる場が拡がっています。

MRモニターグループ

リーダー:加速器第一研究系 准教授 佐藤健一郎
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MRモニターグループ
MRモニタGでは1.3MW出力を達成するために、各種ビームモニタ装置、ビームフィードバック装置、全16種592台の研究・開発・運用を行っています。ビーム位置、強度・電流、形状、ビーム損失を精度よく測定することは、大強度陽子ビームの挙動を正確に理解し制御するために本質的に重要です。粒子は650ミリ秒の短期間に3GeVから30GeVに加速されるため、周回周波数したがって信号周波数は約3%変動します。また、ビームの状態もドラスティックに変化するため、入射から取り出しまで切れ目ないデータ取得が期待されています。さらに電磁石等構成機器への有意な放射化を防ぐ目的で、ビーム損失は1%以下に抑えることが求められています。ビームモニタ機器へは0.1%以下の測定精度、広ダイナミックレンジ、そして大容量データの取得・解析が求められています。我々は高精度なアナログ回路技術、最新のデジタル信号処理技術を活用しながら、1.3MW出力実現に向け、様々な装置の開発に力を注いでいます。

MR真空グループ

リーダー:加速器第一研究系 准教授 魚田雅彦
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MR真空グループ
MR真空グループは、3-50BTビーム輸送路からMRシンクロトロンに至るまでの真空システムの管理・運用・開発を担当しています。加速器は本質的に超巨大な真空槽であり、内部を真空に保つことはビーム運転において極めて重要な役割を果たします。陽子のような軽い粒子は、加速器内の残留気体分子との衝突や相互作用によって軌道が外れ、やがて失われてしまうため、内部圧力を極めて低く保つ必要があるのです。MRシンクロトロン内をほぼ光速で周回する陽子の飛行距離は、1秒弱で20万~30万km、遅い取り出しモードでは最終的に約百万kmに達します。このような長距離の飛行中に残留気体分子との衝突を避けるには、加速器内部の圧力を10-6Pa以下の超高真空領域に保つ必要があります。静止時のみならず運転中の圧力上昇も注意すべきだが興味深い事象です。我々は、最先端の真空技術を用いて超高真空環境を実現・維持するとともに、加速器の安定運転と大強度ビーム出力を支えるため、真空システムの継続的な改善と高度化に取り組んでいます。

MR制御グループ

リーダー:加速器第二研究系 講師 山田秀衛
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[写真準備中]
加速器制御システムの役目は、安全で安定した加速器の運転を実現するための制御機構を提供し、加速器の性能を引き出すことです。制御グループは、1)安全システム、2)タイミングシステム、および 3)制御システムの運用と研究開発に取り組んでいます。 安全システムは放射線発生装置である加速器から人の安全を確保します。また、機器に異常が発生した際に安全にビームを停止し、ビームによる損傷から加速器を保護します。タイミングシステムは加速器全体に基準信号を配信します。これにより、陽子ビームを正確に加速器に入射し、周回し、加速し、出射することができます。加速器制御システムは、加速器を構成する入出射機器、RF加速装置、電磁石、真空装置といった各機器のパラメタの設定を担当しています。また、意図した状態から外れている場合の通知・補正、ならびにビームや機器の状態の監視と可視化を実現します。 加速器制御グループは、さまざまな機器から構成される加速器の屋台骨として、加速器の運転を背後から支えています。

MR 3-50BTグループ

リーダー:加速器第二研究系 教授 白形政司
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MR 3-50BTグループ
J-PARCには直線加速器(LINAC)の他に二つの円形加速器、速い繰り返しのシクロトロン(RCS)と遅い繰り返しのシンクロトロン(MR)があります。二つのシンクロトロンを結ぶビーム輸送路が、3-50BTとよばれるビームラインです。このビームラインを担当しているのが、3-50BTグループです。3-50BT輸送路の役割は、以下の3点です。 1. RCSから25Hzで供給されるビームを、MRのサイクルに同期して8バンチだけインターセプトしMRまで輸送します。 2. 輸送途中でビームコリメータと呼ばれる機器を使用して、ビーム外偏部のハロー成分を取り除きます。 3. MRが受け取りやすいように、ビームの光学系を調整します。 2008年のMR運転開始以来、3-50BTでは比較的大きなトラブルを起こさず安定してMRにビームを供給していますが、MRの高繰り返し運転に対応して2018年頃からビーム振り分け電磁石電源の新規開発を行い、2023年秋から1秒繰り返しにも対応した新電源の運用を開始しています。また、MR本体のビームコリメータも担当しています。

システムコミッショニンググループ

リーダー:加速器第二研究系 教授 白形政司
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システムコミッショニンググループ
J-PARC MRでは、各グループによる機器のアップグレードや保守作業が継続的に行われています。それらをスムーズに実施するためには、各作業が互いに干渉することを防がなければなりません。システムコミッショニングでは、各グループからのアップグレード計画や保守作業の予定を集約し、スケジュール調整や機器アップグレード計画そのもののサポートを行います。電源棟内での機器の配置、電源棟から加速器トンネルへのケーブル敷設経路などを一括して管理しています。また、J-PARC MR施設における大規模な空調、冷却水設備に関して、KEK施設部とともに安定した運用行っています。目立つところはあまりありませんが、担当する範囲が広く、実務において多くの知識や経験を必要とするグループでもあります。

MRビームコミッショニンググループ

リーダー:加速器第二研究系 教授 佐藤洋一
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MRビームコミッショニンググループ
J-PARCメインリング(MR)では、現在の830kWから1.3MWへのビーム強度増強を進めています。MRビームコミッショニンググループは、ビームダイナミクス研究を基盤にハードウエア各グループと連携し、この大強度化に取り組んでいます。具体的には、2020年に達成したパルス当たり陽子数(ppp)=2.7×1014個の世界記録を 3.3×1014個へ更新し、加速周期も 1.16秒へ短縮する計画です。大強度ビームで顕著になる空間電荷効果や、ビームと機器の相互作用による高次非線形性を理解し、電磁石・加速空胴が生み出す電磁場(線形要素を中心とした基本的な制御要素)によって適切に制御する手法を研究しています。また、その制御に必要なハードウエアの性能限界や改良余地を踏まえ、最適なビーム設計も進めています。MRでは、世界記録達成時のビーム光学をさらに発展させた新設計と、それに対応するハードウエア増強を進めることで、2028年までに1.3MW運転の実現を目指しています。

MR SXグループ

リーダー:加速器第二研究系 教授 武藤亮太郎
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MR SXグループ
J-PARCメインリングには、ニュートリノ実験施設に向けた「速い取り出し」と、ハドロン実験施設に向けた「遅い取り出し」の2種類のビーム取り出し方式があります。遅い取り出しでは、2秒間かけてビームを少しずつ取り出すことで、実験装置でのイベントの重なりを防ぎ、高効率のデータ収集を可能にします。このビーム取り出しを実現し、さらなる性能改善に取り組んでいるのが遅い取り出しグループです。2025年5月のユーザー運転では、パルスあたり8.1×1013個の陽子を取り出すことに成功しました。これは、従来BNL AGS加速器が持っていた7.6×1013個という世界記録を塗り替える新記録で、ビームパワーに換算して92kWに相当します。また、2秒間の取り出し強度の平坦性を表すスピルデューティーファクターは83%を達成しました。このために、ビームを削り出す"刃"の働きをする静電セプタムでのビームロス低減、取り出し直前に発生するビーム不安定化の抑制、フィードバック制御によるビーム強度のコントロールなど、さまざまな研究開発を行ってきました。今後は、より高いビームパワー(150kW超)と、さらなる取り出し強度の平坦化を目指して研究を進め、ハドロン実験施設の物理実験をさらに推進していきます。

リニアックグループ

リーダー:加速器第二研究系 教授 方志高
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リニアックグループ
J-PARCリニアックグループは、大強度陽子加速器施設J-PARCにおいて、加速器システムの第一段階を担う線形加速器の研究・開発・運転・維持を担当しています。リニアックは負水素イオンを400MeVまで加速し、後段のシンクロトロンに高品質なビームを供給することで、J-PARC全体の性能を左右する重要な役割を果たしています。当グループでは、安定した長期運転を支えるイオン源や高周波システム、精密なビーム診断、ビームロス低減技術等の高度化を推進しています。さらに、より大強度かつ高効率な加速を実現するための装置改良や、次世代加速器への応用研究にも積極的に取り組んでいます。これらの活動を通じて、世界最高水準の信頼性・性能・品質を誇る陽子線形加速器の実現を目指しています。高品質なビームの安定供給により、物質・生命科学、素粒子・原子核物理など幅広い分野の研究を支援し、基礎科学から産業応用に至るまで、未来を切り拓く成果の創出に挑戦しています。

ミューオンリニアックグループ

リーダー:加速器第二研究系 准教授 大谷将士
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ミューオンリニアックグループ
ミューオンリニアックグループでは、素粒子ミューオンを加速する技術の開発を進めています。ミューオンは寿命が約2マイクロ秒と非常に短いため、迅速に加速することが極めて重要です。J-PARC加速器をはじめとする研究施設で培ってきた技術を基盤に、世界で初めてミューオンをほぼ光速まで加速する高周波加速器の実現を目指しています。加速に不可欠なミューオン冷却技術やミューオンイメージングなどの応用研究も含め、KEK内外の研究機関と連携しながら研究開発を進めています。

iBNCT加速器グループ

リーダー:加速器第二研究系 教授 方志高
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iBNCT加速器グループ
iBNCT加速器グループは、いばらき中性子医療研究センターに設置されたBNCT(ホウ素中性子捕捉療法)専用加速器の研究・開発・運転・維持管理を担っています。BNCTは、がん治療の新しい選択肢として注目されている先端的な放射線治療法です。当グループでは、加速器を用いて陽子ビームをターゲットに照射し、中性子を発生させて治療に活用しています。この加速器システムは、高周波四重極型線形加速器(RFQ)とドリフトチューブ線形加速器(DTL)の組み合わせにより、医療応用に求められる高出力・高信頼性・安定性を実現しています。私たちは、加速器科学の成果を医療に結びつけることで、BNCTの臨床応用の拡大と国際的な加速器医療の発展に貢献します。未来のがん治療を切り拓くため、工学と医学をつなぐ役割を担いながら活動を続けています。